交通事故で死亡したツーリストの事件
7月にサンアントニオで自動車に跳ねられた71歳の日本人女性観光客は、5カ月後の12月26日、CHCコモンウェルス医療センターで死亡しました。しかしながら、彼女の死は伝えられるところによれば、警察の追跡報告が行なわれなかったために、ただ知らされただけでした。
DPS公衆安全局の情報提供者は昨日、捜査官が明らかに追跡報告をしなかったため、DPS交通課は月曜日に観光客の死について知っただけであったことを明らかにしました。
「犠牲者は去る12月26日に死亡しました。そして、CHCが死体安置所に死体があると電話をした後、交通課は月曜日にそれを知っただけでした」、と匿名を条件に話をしたDPS情報提供者は言いました。
この情報提供者によれば、運転手(地元女性)はすでに判明しており、そしてDPSの指導体制に問題を調査するようしきりに促したとしています。
昨夜コメントを求められたDPS報道官ジェイソンTarkong氏はこの問題をサンティアゴ・Tudela コミッショナーと交通捜査官に届け、本日、金曜日までに回答を得たいと述べました。
2009年7月30日の夜に、サンアントニオのビーチ通りを横断した観光客が自動車に跳ねられました。
4日後の2009年8月3日に、Tarkong報道官は、71歳の観光客がCHCの集中治療室で冷静に安定しているとして、この事件についてメディアに概要を説明しました。
この被害者は頭部から出血し、骨盤破砕、頭上に多数のすり傷、肩、左の腿、右のひざと左の足首に損傷を受けました。
Tarkong報道官はメディアに、交通捜査官は、36歳のチャモロ人女性運転手が制限速度と、横断中の歩行者への注意を怠ったことが原因であったと判断したと伝えました。
この自動車、2001年Kia Sephia 4–ドアは証拠として押収されました。